タグ・ボートの種類
 タグ・ボート(曳船)には港内で大型船の離着岸を援助するハーバー・タグ(港内曳船)や外洋を
船舶や大型海上工作物を曳航するオーシャン・タグ(航洋曳船)、その他に沿岸の近距離曳航用の
コースティング・タグなどがあります。

「ハーバー・タグ(港内曳船)」

 狭い港内においては、大型船は安全のために速力を極端におとして操船しますが速力をおとすと舵
の効きが急激に悪くなり操船が思う様にできなくなります。そこでタグ・ボートの曳索を本船の船首
や船尾にとり本船のブリッジからの指示で船を押したり引いたりして、前進、後進、横移動など、入
港から着岸まで本船の動きを援助します。つまり、タグ・ボートは本船のエンジンや舵の代わりとし
て使われますので操船が自由自在にできる能力が必要です。
 また最近のハーバー・タグは、船舶火災のための消火装置を装備し、流出油防除のための処理剤散
布やオイルフェンス展張の機能を持つものもが多くなりました。

 左の写真は大型タンカーの右舷船首を微速で押しているハーバー・タグです。
 右の写真はハーバー・タグの操縦室(ブリッジ)です。中央にコントロール・スタンドがあり、右
側に曳索ウインチのコントロール・スタンド、左側にレーダーとGPSが見えます。天井には本船と
の交信用にVHF電話が付いています。

 左の写真は右舷機と左舷機の「推力方向操作レバー」と「スティアリング・フォイール」です。こ
の推力方向操作レバーとスティアリング・フォイール操作でコルト・ノズル付きプロペラの向きを
360度変えることができます。
 右の写真は左側のレバーが「推力方向操作レバー」で、右側のレバーが右舷機と左舷機の「スロッ
トル・レバー」です。

 上の写真は左側の2本のレバーが「推力方向操作レバー」で、その上の二つのゲージは左舷機と右
舷機の「推力方向指示計」です。右側の2本のレバーは左舷機と右舷機の「スロットル・レバー」
で、その上の二つのゲージが左舷機と右舷機の「主機回転計」です。

 左の写真は左舷機と右舷機の「推力方向指示計」を拡大したもので、右の写真は左舷機と右舷機の
「主機回転計」を拡大したものです。「推力方向指示計」は左舷機と右舷機両方とも船首方向の
「90°」を指しており、「主機回転計」の示度は0RPMと2500RPMの中間の約1300RPMを指してい
ますので、現在この船は「半速で船首方向に直進している」ことがわかります。

 左の写真の二つのゲージは左舷機と右舷機の「主機冷却水温度計」で、その下の各種警報ランプは
左舷機と右舷機夫々の「緊急停止」「主機自動停止」「100V電源」「主機潤滑油圧力低下」など主機
関の正常、異常を表示する警報ランプです。
 右の写真はスティアリング・フォイールです。この「スティアリング・フォイール」と「推力方向
操作レバー」で「コルト・ノズル付きプロペラ」の方向を 360度自由に変えることができます。

 上2枚の写真は「コルト・ノズル付きZドライブ・プロペラ」です。この「コルト・ノズル」が 360
度自由に回転しますので一般の船のように「舵」は必要ありません。「Zドライブ・プロペラ」が開発
される以前は「フォイット・シュナイダー」がハーバー・タグの推進器として主流でしたが、同一出
力での比較で曳引力や操縦性能の点で現在は「Zドライブ・プロペラ」が主流のようです。なお「Z-プ
ロペラ」にはプロペラ翼のピッチ(角度)を自由に変えられる「可変ピッチ・プロペラ」もあります
が、この写真の曳船は「固定ピッチ・プロペラ」です。

 左の写真は船長が左手で左舷機と右舷機の「推力方向操作レバー」をもち、右手で左舷機と右舷機
の「スロットル・レバー」をもって操船しているものです。
 右の [1図] は「推力方向操作レバー」の位置と「推力方向指示計」を、 [2図] は「スロットル・レ
バー」の位置と「主機回転計」を示したものです。このとき「コルト・ノズル付きプロペラ」の向き
は図のようになっています。
 [1図] の船は、左舷機の「推力方向指示計」は前進向きですが「主機回転計」は0を指しています。
右舷機の「推力方向指示計」は右向きで「主機回転計」は半速を示しています。従って、この船は
「その場」で「右旋回」していることが解ります。
 [2図] の船は、左舷機の「推力方向指示計」は左方向を指し「主機回転計」は半速です。右舷機の
「推力方向指示計」は後方を指し「主機回転計」は全速です。従って、この船は「全速で後進」しな
がら「左旋回」していることが解ります。

 このように「ハーバー・タグ」は前後左右、自由に動くことができ、しかも曳引力が大きいので大型
船の港内操船には欠かすことのできない船です。
    (写真のハーバー・タグは「瀬田丸」総トン数:193トン 出力:2600 PS です)

   「追記」レバー操作について現役のハーバータグ乗りの方から掲示板上で詳しく解説した
       ご指摘がありましたので 「投稿者:タグのり」 の部分もあわせてご覧下さい。

「オーシャン・タグ(航洋曳船)」
 オーシャン・タグは外洋において火災や機関故障、舵故障など、海難を起こした船舶の救助や大型
海上構造物などの曳航に使用される曳船です。ここでは、これら航洋曳船の元船長が提供して下さっ
た写真の一部を掲載しています。

 上の写真は日本の三菱重工(広島製作所)で建造された「浮船渠(Floating Drydock)」をアメリカ
西岸オレゴン州のポートランド向けに曳航を開始した「だーりあ」です。
 この「浮船渠」は長さ 299M 幅 70Mで 81,000ロングトンの浮揚能力があり、当時、世界最大級の
もので、米海軍の 20万トン級航空母艦の修理や整備の為に建造されたものです。日本からポートラン
ドまで 4,600マイルの北太平洋横断に 43 日間を要しました。

M/T DAHLA(だーりあ)  総トン数 : 2,700 tons
Dimensions: 船長 80.01M 船幅 15.60 M 深さ 7.80 M 吃水 6.91 M
Main Engine: Two Kawasaki MAN( K6Z 52/90N )  20,000 IHP
Propeller: Twin CP in Kort Nozzles     Speed: 18 Knots
Towing Winch: 2 sets     Bollard Pull: 162 tons
Towing Line: D. 64m/m Length 1.600 M x 1 D. 71m/m Length 1.200 M x 1
 of Hightensioned Steel Wires

 上の写真は「半潜水バージ( Semi-submersible Barge )」に積載された「砂利採集船」をインドネ
シア向けに曳航を開始する「あまりりす」です。
 「半潜水バージ」に被曳航物件、例えば、海底油田掘削装置や浚渫船などを積載する場合は船体を
海底に着底させたのち、その上方に被曳航物件を移動させ、船体を浮上させて積載します。「半潜水
バージ」に被曳航物件を積載して曳航する利点は、海上に浮かべて直接曳航するよりも水の抵抗が格
段に低下しスピードが速くなり、曳航日数の短縮、燃料消費量の減少や風波の打込みによる被曳航物
件の損傷防止などの利点があります。

 上の写真は三井造船(玉野工場)で建造された「海底油田掘削装置(Jackup Drilling Rig)」を「あ
まりりす」と「あいりす」の2隻で曳航中のものです。冬期北太平洋を日本からアメリカ西岸のロン
グビーチまで 55日間を要しました。

 この曳航は当初「あまりりす」1隻曵きで実施されましたが野島埼東方海上(昭和55年12月に
尾道丸が遭難した、船乗りが「魔の海」と呼ぶ海域)で波高 20メートルを超える荒天に遭遇、掘削装
置のへリ・ポートが脱落損傷するとともに曳航索が切断したため曳航を断念し予備の曳航索で千葉港
に引込み、へリ・ポートを修理の上、「あいりす」を加えた2隻曵きとし、進路を南寄りに変えて曳
航が再開されました(当時の「あまりりす」船長の話)。

M/T AMARYLLIS(あまりりす) 総トン数 : 1,811 tons
Dimensions: 船長 74.45 M 船幅 14.00 M 深さ 6.70 M 吃水 6.00 M
Main Engine: Two Mitsui B & W  10,000 IHP
Propeller: Twin in Kort Nozzles Rudders   Speed: 13 Knots
Towing Winch: 2 sets   Bollard Pull: 96 tons
Towing Line: D. 64m/m Length 800 M x 2 of Hightensioned Steel Wires

 当ホームページの管理者である私は、二等航海士時代の若い時分、昭和42〜43年の1年間、「あま
りりす」に乗船した経験があります。
 「あまりりす」は昭和42年(1967年)の建造で、その処女航海が、カナダのバンクーバーから台湾
の高雄港までのカナダ海軍の退役フリゲート艦の曳航で、次がアメリカ南部、メキシコ州ヒュースト
ン河口ガルベストン湾のポート・アーサーからオーストラリア西岸のフリーマントルまでの海底油田
掘削装置の曳航。その次はフリーマントルで海底油田掘削装置を引渡した後、日本への帰途の途中、
本社からの緊急指令でインド洋西部、セイシェル諸島のビクトリアから釜石港までのスクラップを満
載して火災を起こして錨泊中のアメリカの総トン数2万トンの貨物船の曳航、などを経験しました。
 これらの曳航で思い出深いものは、ポート・アーサーからフリーマントルまでの海底油田掘削装置
の曳航です。この掘削装置(ジュビリー 号)の大きさは、長さ 72M 幅 50M程もあり、4本の脚は
デッキ上の高さ約70M で、ポート・アーサー港外に錨泊している姿は凄く巨大に見えました。

 ポート・アーサーからフリーマントルまでの距離は一万マイル以上あり燃料の最大保有量から直行
は不可能のため、燃料と食料の補給地としてブラジルのレシフェ港と南アフリカのケープタウン港の
2港に寄港することが決定され、昭和43年3月25日、ジュビリー 号を曳航してレシフェ港向け、ポー
ト・アーサーを出港しました。曳航索は800メートル2本を最大に延ばし、一万馬力のエンジンをフル
回転させるのですがスピードは4ノットしか出ません。予想では6ノット位は出るだろうとの事でし
たが掘削装置の脚が船底下に数メートル突出しているため、予想以上に海水抵抗が大きい様でした。
 フロリダ半島を廻るときなどはメキシコ湾流が強く進路維持が困難なほどでした。また、バハマ諸
島沖からブラジル沿岸に沿って北に流れるアンチル海流や南赤道海流があり、約 4,200マイルを 42日
かかって 5月 6日、無事にレシフェ港に着きました。

 レシフェ港からケープタウンまでの距離は約 3,300マイル。 30日程で到着する予定でしたが、ケー
プタウンに入港する前日から移動性低気圧に遭遇し、西風が次第に強まり、夜半には山の様な追い波
が船尾から襲いかかる状態となり、夜半過ぎ、船体に異様な振動を感じたと同時に速力計の示度が 13
ノットに急上昇し、曳航索が切断した事を知りました。被曳船“ジュビリー号”にはアメリカ人 20 名と
監視要員として副三等航海士が乗組んで居りましたが、本船が次第に視界から遠ざかるため副三等航
海士はVHFで本船を悲痛な声で呼び続けておりました。

 本船では総員起こしの非常呼集がかかり、切れた曳航索の巻上げとレーダーによるジュビリー号の
監視を続けました。巻上げられた曳航索は2本ともジュビリー号側、曳航索先端のスプライス部分で
切断しており、また、ジュビリー号はアフリカ沿岸を強いベンゲラ海流によって北に流され海岸に打
付けられる心配もあり至急の救助が必要でした。
 夜が明ける頃から次第に風波も治まり、非常用曳索(クレモナ・ホーサー 太さ 100ミリ 長さ 200
メートル)の先端をジュビリー号に送るべく「救命索発射器」で細紐の付いたロケットを発射するの
ですが風の影響でロケットは直進せず、なかなかジュビリー号に細紐を渡すことができません。色々
の方法を試みたすえ翌日になってどうにか非常用曳索でジュビリー号を連結することができました。
 この曳索切断事故で到着が一週間程も遅れ 41日かかって 6月18日にケープタウンに入港しました。
 ケープタウン停泊中は船内で船長、本社工務監督、アメリカから来た石油会社の担当者やイギリス
から来たロイズ保険会社の担当者間で協議が行われ、最終的に曳航索のカティナリー(懸垂曲線)を
大きくするために2本の曳航索を1本に繋ぎ1,600メートルの長さで曳航することが決定されました。

 ケープタウンからフリーマントルまでは距離、約4,500マイル。この間は大きな時化もなく 50日か
かって 8月17日、無事にフリーマントルに入港しました。入港数時間前には船首前方に大きな虹が架
かり、虹のトンネルを潜って入港する感じで、本船の入港を歓迎している様で非常に感激したことを
思い出します。ポート・アーサーを 3月25日に出港しフリーマントルに 8月17日に入港しましたので、
この航海は数日の停泊日を含めて 4ヶ月22日の本当に長い航海でした。

 この単調な長い航海で船長は技術的な事での心労は勿論ですが、乗組員の船内融和にも大変な心使
いをされた事と思います。船長が乗組員の気晴らしに成ればと暇を見ては作詞したものが、その当時
の私の手帳に記録されておりましたので紹介します。(笑わないで下さい。)
 私たち若い乗組員は当直中や仕事の合間に大声でこの詩を替え歌で歌って気分を発散させたもので
した。(替え歌はどう言う歌だったか失念しました。)

海亀行進曲        作詞 船長 寺本 誠
横須賀港を後にして勇躍向かうアメリカよ、仰げば尊し富士の山、朝日輝く如月(きさらぎ)に
大平洋を一跨ぎ、無事に越えたるガッツン湖、着いた処はテキサスのポートアーサー油の港
繋ぎ止めたり三月の二十五日のジュビリー号、決然出で立つアマリリス、日本男子の意気を見よ
世界に名高きフロリダの速潮見事乗切って、大西洋に顔出せば怒浪逆巻き風うなる
行く手遥けきブラジルに可愛いセニョリタも待つじゃろう、勇んで進むアマリリス、四十二日の航海よ
続 海亀行進曲      作詞 船長 寺本 誠
我等の船よアマリリス、世界に冠たる曳船の、記録を樹てん時ぞ今、なんの豪州鼻の先
乗組む男はテキサスの青い目入れて三十六、目指すや遥けきバロー島、白いサンゴが目に浮ぶ    
逆巻く波よ吠える風、旅路遥かな海原に、想いは遠く故国の、あの日の笑顔が忘られぬ
あゝ悠久の海の上、過ぎし昔のマゼランが、帆走し航跡、今何処、吾が速力は四ノット
続々 海亀行進曲     作詞 船長 寺本 誠
固く結んだワイヤーに男心が通うだろう、堂々進むジュビリー号、オーストラリアが君を待つ
レシフェ港を後にすりや可愛いセニョリタと泣き別れ、今度逢うのは何時の事、あの日の情が忘られぬ
行き雲流れ新たなり、渺ゝ果なき大西洋、向うはアフリカケープタウン、晴れの入港何日の日ぞ
無事にはたした大任も成せば成るぞの心意気、航洋曳船 アマリリス、我等行く手に栄えあれ

 左の写真は石川島播磨重工(相生工場)で建造された「海底油田掘削装置」を半潜水式バージに積
載してペルシャ湾向けに曳航する「あまりリす」です。このタイプの油田掘削装置を海上に浮上さ
せ、直接曳航した場合の速力は約5ノット程度と予想されますが半潜水式バージに積載して曳航した
ため9〜10ノットの速力で曳航できたそうです。

 右の写真は長い航海が終わり整備のため佐世保重工のドライ・ドックに入渠した「だーりあ」のコ
ルト・ノズル付き可変ピッチ・プロペラの写真です。オーシャン・タグのコルト・ノズルは曳引力を
最大限に出す為にハーバー・タグのように回転式ではなく固定式が多い様です。
 長い航海で船底やコルト・ノズル、舵などに「フジツボ」や「海藻」が付着し、大分汚れている様
子が解ります。船底が汚れて来ると海水の摩擦抵抗が増大し、速力が低下すると共に燃料消費が多く
なりますので、船は一年に一度はドックに入れて船底に付着したフジツボや海藻を除去したのち船底
塗料を全面に塗装して船底表面を滑らかにします。

「航洋曳船の写真は、これら曳船で長年船長を歴任した 久保 恭治 氏の提供によるものです」