天文航法
 現在のGPS受信器の様な電波計器の無かった時代には、陸岸の見えない大洋航行中は、どの
様にして目的地まで船位測定をしながら航海したのでしょうか。

 その時代には太陽や星など、天体の高度(水平線から天体までの垂直角度)を測定する事に
より船位を知り、目的地までの長い航海を続けたものでした。この天体観測により船位測定す
る方法を「天文航法」と言います。
 従って、雨や曇りの日が続けば、その間は船位測定が出来ず、推測で航行しなければなりま
せん。また、現在の様なGPS受信器があったとしても、それが故障する場合も考えられますの
で、外国航路に就航する船や遠洋漁船など、大洋を航行する船の甲板職員には、現在でも天文
航法の出来る船員を乗組ませています。私の経験でも、ヨーロッパから日本に帰る途中、ヨー
ロッパの港を出港して間もなく、 NNSS(GPSの前の衛星航法システム)が故障し、 その後、
オメガ受信器、続いてレーダーまでもが故障してしまい、日本まで天文航法だけで帰って来た
事がありました。

 それでは、なぜ天体の高度測定をすれば船位が分かるのでしょうか。地球上の位置を示す緯
度や経度は地球の中心から見た角度です。緯度は地球の中心から見て赤道を0度とし、それか
ら北側が北半球で90度が北極点です。南は南半球で90度が南極点です。また、経度はその
基線をグリニッチ天文台として、これを0度とし、これより東側が東半球で180度まで、西
側は西半球で180度まで測ります。従って、東経180度の線と西経180度の線は重なり
同じ経度線に成ります。この線を日付変更線と言います。これらの角度を地球表面に投影した
ものが地図に描かれている緯度と経度の線です。

 地球は自転しており、約24時間で1回転して居りますので、太陽や星が東から西に移動し
翌日同じ時間頃には同じ場所に来ているのが分かります。分かり易く、太陽で説明しますと、
日本で見る太陽は昼12時頃が一番高く見えます。この一番高く見えた時の太陽の緯度(天体
の場合は緯度と言わず赤緯と言います)が分かれば地球上の自分の居る緯度が分かります。こ
の方法で緯度を測定する方法を「子午線高度緯度法」と言います。

 また、天体の高度測定をして船位を求める訳ですが、緯度1分が1海里にあたり、1分は
角度ですので、分の単位まで正確に角度を測る必要があります。この時に使用する測器を「六
分儀(Sextant)」と言います。

 上3枚の写真が六分儀です。角度120度まで測定でき、中央の写真の様に、分の単位まで
測定できます。因みに、中央の写真では60度20分を示しています。

『 子 午 線 高 度 緯 度 法 』
 これは子午線上の、太陽の最大高度を測定して緯度を求める方法です。尚、子午線とは、自
船の位置の、経度線の事です(昔は方向を指す言葉として、十二支を使いました。十二支の最
初が「子(ネ)」であり、これを北とすれば、南は「午(ウマ)」です。従って南北を連ねる
線、即ち、経度線を「子午線(Meridian)」と言います)。
 上の第1図は、地球の遥か東側から見た図です。北極と南極が縦の線とすれば、赤道は横の
線になります。 日本は北緯35度付近ですから、 私達は点Oに居る事になり、 頭の上がZ方
向、 足は Z’ 方向となります。 この位置で私達が見ている水平線は地表に平行な訳ですか
ら、H'−H’になります。これを地球中心に移動すれば H−H'です。即ち、Z−Z’とH−
H’は角度が90度になります。従って、緯度は中心角E−Zです。太陽は夏至の日に北緯2
3度27分まで上がり、冬至に南緯23度27分まで下がります。しかし、天体の緯度は赤緯
(Declination)と言い、この図で、太陽の赤緯は中心角E−Sで、従って、太陽は赤道より南
に居りますから、 日本の冬の図と成ります。  するとこの図では、 太陽は、地球表面では角
H'OS' になり、地球中心角では高度 a になります。
 従って、この地の緯度は 緯度 L =90°ー太陽高度 a ー赤緯 d で緯度が分かります。
 また、赤緯が北の場合は 緯度 L =90°ー太陽高度 a +赤緯 d となります。

 右の図は地球を中心の1点とみなし、地球の東、遥か無限に近い距離から見た図です。地球
の子午線や赤道。緯度等を円周に投影したものです、プラネタリュウムのドームの様なもので
す。この図は周囲の円を子午線(天の子午線)にして描かれて居りますので、天球図のうちで
「子午線面図」と言います。

 この図を見れば分かりますが、「北極星」は殆ど天の北極付近にあります。従って北極星の
高度を測定すれば、それが即ち、緯度です(実際は少しの改正が必要ですが)。夜、自分の緯
度に相当する高さの空を見れば、簡単に北極星を見つけられます。

 上の左の写真は「天測暦」と言い、天体測定(天測)のために海上保安庁が毎年発刊してい
る天体の暦に相当するものです。これには、太陽、恒星、惑星、月など、船で天測を行う時に
使われる主な天体の毎日の位置情報が掲載されています。

 中央はその中の、昭和63年7月27日の太陽の位置情報です(随分古いものですが)。天
体の位置情報は全て子午線0度(グリニッチ天文台)を基準に決めた、世界時(Universal tim-
e)での値で、「U」が世界時です。「d」は、その世界時の時刻の、太陽の赤緯です。

 右は海上保安庁が刊行している「天測計算表」で高度方位角計算表(米村表)や測高度改正
表、中分緯度航法などで使用するトラバース表など各種航法で使用する表が掲載されています

 日本の時間は「日本標準時」を使用して居り、これは東経135度の子午線を基準に決めた
時間です。地球は1日(24時間)に、東向きに1回転(360度)自転しますので、1時間
では子午線角度15度回転します。即ち、東経135度の子午線では子午線0度より太陽は9
時間早く回って来ます。従って、日本標準時は世界時より9時間早い事になります。日本標準
時で昼の12時は、世界時ではまだ午前3時です。

 それでは例題として、昭和63年7月27日、推定位置 北緯35度30分、東経137度
30分付近で、その日の太陽の最大高度を測り、正確な緯度を測定する事とします。

   太陽が最大高度になる時刻は視時(Apparent time)の 12時00分です。
   この時刻のグリニッチ視時は経度137度30分、即ち、9時間10分遅い訳ですから、
   02時50分です。この時刻の世界時は、視時が 6分29秒遅いので 02時50分に加え、
   02時56分29秒です。この世界時の太陽の赤緯は、北緯19度11.1分です。
   ( U の 2時が N19-11.7 ですから d の p.p. を見れば1時00分が0.6で、
   時間が経過する程 d が少なくなりますので、d から減じます。)

   この場合、船は日本標準時を使用しているものとして、世界時 02時56分29秒に
   9時間を加えると、日本標準時 11時56分29秒 に太陽が最大高度(正中と言う)
   になります。

   この時、太陽の最大高度を 74度00分に測定したとすれば、
   90度ー74度00分=16度00分  16度00分+19度11.1分=35度11.1分
   従って、測定緯度は 北緯35度11.1分 となります。
   (実際には測高度に高度改正が必要です)

「視時(Apparent time)」と「平時(Mean time)」 の差を「均時差(Equation of time)」
と言い、地球は楕円軌道で黄道上を公転しています。私達が日常使っている時間は、太陽が赤
道上を一定の早さで移動し、地球の公転も真円軌道で運行するものと仮定した時間です。黄道
は赤道に対し、ある角度をもっており、また、楕円軌道のために、季節により、視時が平時よ
り早くなったり、遅くなったりします。(均時差は U 12h と E◎ の差です)

「 測高度の高度改正」 六分儀で天体の高度を測定した場合には、その高度を改正しなければ
なりません。船上で高度測定する場合、海面から眼までの高さのため、正しく居所水平からの
高度ではありません。また、天体から来る光は空気中を透過する時、気温や水温の状態で屈折
します。また、天球図で分かる様に、天体高度は地球中心の真水平からの高度です(星は無限
に遠いため、この改正は必要ない)。なお、太陽の高度測定においては、太陽の中心を測りた
くとも中心には印が無いために、その下辺か上辺を測ります。このため、太陽視半径の改正が
必要ですし、測定器である六分儀自身にも誤差(誤差と言わず器差( Index error)と言う)が
あります。これらの改正を「高度改正」と言います。

太陽高度の測定は、実
際には下辺高度の場合
角H'O'S'を測る訳です
が、求める高度は, HO
Sです。従って、太陽
視半径、眼高、地球半
径、光の屈折等の修正
が必要です。この改正
をするための「測高度
改正表」が海上保安庁
刊行の「天測計算表」
に掲載されています。
また、その他に、六分
儀の器差も加減しなけ
ればなりません。
『 高度方位角に依る位置の線航法 』
 天体の天球上の位置が判明していれば、ある位置、ある時刻における、その天体の「方位と
高度」が事前に計算で算出できるはずです。従って、ある推測位置を基に天体の方位と高度を
計算で算出し、その時刻に、その天体の高度を実測すれば、計算で算出した高度よりも実測高
度が大きければ、その大きい分だけ天体方位の方向に近く、小さければその分だけ天体より遠
い位置に居る事が分かり、天体方位に直角な線を引けば、これが「位置の線」となります。


 下記の計算例は上記の [ 太陽の高度方位角計算例 ] で使用したものと同じ 時角、緯度、赤緯
を用い、天測計算表の「高度方位角表」で観測時の計算高度と計算方位角を求めたものです。
殆ど同一の数値になることが解ります。
 太陽により船位測定をする場合には、上記の様に、午前中に第1回の高度方位角法により位
置の線を算出し、これを海図上で推測正午位置まで転移して置きます。そして、太陽の正中時
に子午線高度緯度法により緯度を測定、これを正午の緯度に修正(正中時と平時に差がある)
して正午位置を確定します。太陽で船位測定をする場合には、午前に測定した位置の線と正午
の緯度線の交点を船位としますが、この様な方法を「隔時観測」と言います。
 夜には星が見えますが、この中で、方位と高度の条件が良いもの2個、又は3個を選び、同
時に、次々と測定を行えば、一度で船位が確定できます。これを「同時観測」と言います。

 しかし、星の場合は、星と水平線が同時に見える時期しか測定出来ません。この時期を「薄
明( Twilight ) 』と言い、出来るだけ明るい一等星や木星、金星などの星を選びますが測定出
来る時間は20〜30分程しかありません。薄明は朝方と夕方の一日2回ありますので、朝方
と夕方にスターサイトによる同時観測を行います。この時間帯の航海当直は通常一等航海士が
担当して居りますので、スターサイトは一等航海士が行う事になります。

上のボタンをクリックすると別ウインドウで太陽の高度と方位を求めるフォームが開きます。
テキストエリアに半角数字で入力してお使い下さい。

[ スターサイトによる同時観測の船位測定法 ]

 針路070度、速力12ノットで航行中の船が、昭和63年 7月27日18時30分(日本標準時)
頃、推測船位 北緯35度17分 東経144度20分の位置で下記のような恒星3個の同時観測を
行ったものとして「高度方位角表」を使用した計算例を示します。
 尚、観測した恒星名、観測時刻、観測世界時、測定真高度は下記の通りとします。
恒星名観測時刻観測世界時測定真高度
Deneb18時30分09時30分10秒31度56.0分
Altair18時36分09時36分15秒26度21.0分
Antares18時42分09時42分20秒27度14.0分

 上6枚の写真は左が天測歴の昭和63年 7月27日のページで、中央の上から3枚は、左の写真の
抜粋で、 観測した恒星の世界時0時の E と d の値で、下の黄色い「しおり」は世界時0時から観
測時までの E の改正時間です。右の写真は天測計算表の「高度方位角表」の内の1ページです。
U:世界時
E*:Uに加える数値
P.P:改正数
hG:グリニッチ時角
LE:推測経度
h:時角
ac:計算高度
at:実測真高度
Ic:インターセプト
 Altair の位置の線は観測時刻
が18時36分ですので 18時30
分の船位にするため予想針路線
上で6分間航走する1海里を後
方に平行移動します。
 3本の位置の線は一点で交叉
する事は殆どなく、小さな三角
形ができます。これを誤差三角
形と言い、この中心を実測船位
とします。3個の天体を選定す
る場合は誤差三角形が正三角形
になるような交角条件のものを
選ぶようにします。

上のボタンをクリックすると別ウインドウで「天測計算表示システム」のフォームが開きます。
テキストエリアに天測計算データを入力してお使い下さい。

 現在の様に G P S など電波計器のない時代には、この様な天測で船位を知り航海を続けたも
のでした。また、計算器(電卓)の無かった頃は、海上保安庁が刊行している「天測計算表」
の中の「高度方位角計算表(米村表)」を使い、手書きで対数計算をしたものです。
 (天測で長い航海を続け、外国の港に着いた時など、地球が丸い事が実感できます。)